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7月, 2019の投稿を表示しています

ヨーロッパの広場文化

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ヨーロッパでは広場というものが生活の中にかなり大きな存在として根付いています。 それは街の中に溶け込んでいるという表現が一番合っています。 どこからが道でどこからが建物でどこからが広場なのか。 そういう線引きなくごく自然にその広場空間を通勤に使い、たたずみ、本を読み、人を見て、そこには世代、性別、人種などの違いは全く関係なく一つの絵に収まります。 特に何するわけでもなくただ座っているという人もたくさんいます。 ヒジャブかぶった女性もオシメ付けた子供も(笑)思い思いにそれぞれの過ごし方で同じ空間を共有しています。 上の写真はドイツ、下の2枚はベルギーで撮ったもの。 ランドスケープに携わる者として広場文化というものをとても大きな存在と考えます。 もっともっと日本に浸透させたいと思っています。 広場という空間になぜ魅力を感じるか。 理由を挙げればキリがありませんが、目的を持って訪れる場所には当然似た考えや趣味嗜好を持った人が集まりがちになります。イベントならともかく、そうでなければその似たタイプの人たちとさえ特に会話することもなく目的だけ果たして帰るということが多くなります。 広場はそうではありません。 そこが魅力なのです。 特に目的がなくても何となくそこで過ごす、だからこそ普段なら出会うことないような人たちも多く目にし、知る機会となり、偏らない心を育み、さらには自分たちの街への誇りシビックプライドにつながる。 SNSの普及により似通った考え方の人たちとだけ特定のコミュニティをつくって安心してしまいがちな現代には特に必要な場所ではないかと思います。 イタリアの広場の様子。 自分の表現の場としても大切な場所となっています。 ’何かするために行く場所’でなく、’何時までには帰らなくてはならない場所’、でもなく ’’何となく過ごす場所’’ ’’何となく足が向く場所’’ ’’何となく居続けてしまう場所’’ そんな広場がこの国でも生活に溶け込むと素敵ですよね。

フランスの地下レベル

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フランスで印象に強く残ったものの一つに地下の使い方があります。 日本だと商業ビルの地下階、地下街、地下通路がまず頭に浮かびますね。 フランスではまずアンダーパス。 そして地下駐車場、中にはガソリンスタンドも地下にあったりします。 びっくりするのはその地上部。 地上部からアンダーパスの入り口を見たところです。     アンダーパスの中の様子。 何kmも続いています。いったん地上部に出てはまた長いアンダーパスが続きます。 ダイアナ妃がパパラッチに追いかけられて亡くなったのもこのアンダーパス内での惨事でした。 そしてその地上部の様子。     もっともっと厚い緑に覆われているところもたくさんあるのですが写真を撮るチャンスがありませんでした。  ただ何も知らずに立っていたら下に何車線もあるアンダーパスが走ってるとはとても思えません。 航空写真を撮れば普通に森や緑地帯が続いてるように写るでしょう。   車社会の良し悪しはまた別の話として、日本で時々見かけるものとはスケールも地上部の成熟度もレベルが違いました。   一方では原子力発電で先頭を走っていたりという一面もありますが、機能面を優先するために自分たちの街をカッコ悪くはしないという意思を感じましたね。        

ところ変われば植物の扱い方も

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One & NatureのFacebookで前回紹介しましたヨーロッパで見たユニークな植物の使い方 https://www.facebook.com/ken.kawade/ その中のポラード仕立てについてもう少し詳しく。 こちらの写真はドイツのとある街中の広場。奥でレストランが外にテーブルを広げています。 こちらでは少しでもスペースがあれば外にテーブルを広げない方がおかしいという感覚です。 このあたりのセンスは是非日本にも浸透させたいです。 インドアでパソコン、携帯、ゲームでなく、アウトドアでおしゃべり、読書、出会い、深呼吸(笑)! この規則正しく植えられているものはプラタナスの樹。ただし自然樹形と程遠いポラード仕立てのもの。 正確にはポラーディング(Pollarding)と呼ばれているのかもしれませんが、自分は普段言い慣れているポラード仕立てと言っておきます。 ポラードは英語で角の落とされたシカのことを意味し、そのイメージの通り幹や大枝を同じ高さでズバッと切ります。その切り口からの新梢の茂りを魅せる、今では外観を見せる手法の一つとして捉えられる方が多いかもしれません。 しかし元は中世ヨーロッパで薪を取るための手段として生み出されたものです。 地際で伐ることで薪を採取するのに耐える強い生育となるわけですが、地際ではその新芽をすべて羊たちに食べられてしまうということである程度高さを残して切られるようになったわけです。 当然樹種としてはいくら切っても次々と旺盛に萌芽するものがよく、プラタナスもそれに該当する樹木の一つです。 なかなか日本でお目にかかる風景ではないですね。 形に好き嫌いがはっきりと分かれるものだとは思いますが、ただ管理ということを考えた時には非常に合理的であるという言い方もできます。 ヨーロッパではこうした管理の部分で大きな負担とならないようにしながら、それでいて緑に包まれた環境の中で生活することがとてもうまいなと思う場面に多く出会います。 剪定技術や繊細な感覚、知識、どれも日本人は負けないと思いますが、その一方でその技術や知識を継承する場面や人の確保が難しくなっているのも事実。 もちろんそうした日本の良さを失ってはいけませんが、同時に少し肩の力を抜いて緑とうまく付き合うという考え方も

京王プラザホテル札幌 レストラン前ガーデン

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今日は去年設計施工しました京王プラザホテルのレストラン「グラスシーズンズ」前のガーデンの確認に行きました。   植物たちの成長は順調!急速に景観は充実していっています。 後ろのフェンスに絡ませているツルバラとクレマチスも、早くもフェンス頂部に到達しているものもあり、目隠しに設置してあるスダレとハンギングも予想よりも早く外せるかもしれません。   レストラン名のグラスシーズンズのグラスはGLASSの方で草のGRASSではないのですが、何となくその響きからもヒントを得てバックに3種のグラス類がそよぐように修景しました。 そのグラス類が穂をつけ、輝いています。   ホテルという性格上、またここは地下があり実質屋上庭園のようなつくりであることから制約も多く、即効性も求められる難しい場面でしたが何とかうまくいっていることが確認できてホッとしました。 これからがますます楽しみです。 機会ありましたら是非ランチでも食べに行ってみてください!        

歴史ある街並みと落書きと

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ヨーロッパでみかける残念なことといえばスプレーの落書きじゃないでしょうか。 古い建物を大切にする、広場を大切にする、電柱電線は埋設されている、日本人がうらやましいと思える要素がたくさんあるヨーロッパの街並み。   ドイツのとある街で。いい雰囲気です。 ところが足元見ると 以前イタリアに行ったとき、あこがれの街ボローニャのポルティコ(柱廊)のあちこちにスプレーで落書きされているのを見てショックを受けましたが、ドイツでも同じような光景が見られました。 まぁ自分も歴史ある城下町で生まれ育って、歴史ある土地柄のちょっと窮屈に感じる気持ちは理解できます。 このスプレーの落書きが似たような感情からのものかは分かりませんが、仮にそうだとしても残念過ぎます。 数年前にゆがんだ宗教観でイスラム国が世界遺産を破壊しました。 日本でも神社に落書きしたり油撒いたりとニュースになります。 長い歴史を積み重ねて今に至るものは一度壊したら取り返しがつきません。 誰の持ち物とか思想がどうだとかいう問題ではもうなくて、ここまで来たら地球の財産ですよね。 人間が愚かな過ちを繰り返さないための教訓でもあります。 社会への不満とか自分の信じる正義のためとか、そういったものと歴史の重みというものは全く別次元のもので、その表現の手段として歴史的なものを破壊するということは利己主義以外の何物でもないと思う。 地球愛を持たないと!!

世界規模のビスタ part2

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前回投稿の第2段 世界規模のビスタpart2は同じくドイツにあるヴィルヘルムスヘーエ公園内のカスケードから街を貫く大通り。 正直スケール大きすぎて写真に納まりきりません。 この写真の真ん中やや上方に写っているのがヴィルヘルムスヘーエ城です。 ヴィルヘルム1世が18世紀後半に建てたもの。 この城から山に向かって見上げたのがこちら。 この塔の先端に立っているのがヘラクレス像。ここからそこを目指して上ってゆきます。 ヘラクレス像の下の丸窓まで登ることができます。 この頂上から街を見下ろしたのが1枚目の写真となります。 城を通り越してまちを貫く超世界規模のビスタライン。 この街を手中に収めたと言わんばかり。 富と権力の象徴。 すさまじいスケール さすがはドイツ初代皇帝です。 週に1回このヘラクレス像の足元から流れ出した水が城の手前の池まで1時間半かけて流れ落ち、その高低差を利用した自然の圧力で最後にその池に大きな噴水を噴き上げる「水の芸術」ショーを見ることができます。   是非機会あれば一度訪れてください。そのときには必ずこのショーの日に会わせて。 こちらの公園は2013年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。